そして世界は踊る2

日々の呟きやらなにやら。

10年

10年前のあの日は会社で働いていた。

いつもと変わらない朝だったと思う。

 

たしかに、それまでの人生で一番揺れた地震だった。

 

会社の窓から建築中だったスカイツリーが見えて、

あそこで働いて居る人はどれだけ揺れているのか。

無事なのか、と心配になったのを覚えている。

 

電車も止まって電話も通じない、当然、

もう仕事も出来ないわけで、どうしたものか。

直ぐ帰宅するひと、会社に居残る人といろいろだった。

私は、三毛猫が待ってるからと帰らねばと、

余震が頻発する中、会社を出た。

Google先生が徒歩で2時間というので、

(ネットはふつうに使えたからね)

大丈夫だと思ったし、帰らない選択肢はなかった。

 

会社から自宅へと都心を横断していると、

同じような人がたくさんいた。

黙々と歩く人たちの列は途切れることなく、

しかしおそらく1人で過ごすのは不安なのだろう、

沿道の飲み屋には集う人たちが居て、

コンビニやスーパーに駆け込む人たちも。

静かなのにざわついている、不思議な光景だった。

 

コンビニで温かい飲み物を買ったり、

立ち止まってiPadでニュースをチェックしたり。

通りすがりの東大や有名私大は灯りが付いていて、

警備の人たちがやはり浮ついていて(?)

やはり異常なことが起きてる、と思ったり。

 

そして一時間ぐらい歩いたところか、

山手線圏内から出ようとするくらいの位置で、

トイレを借りようと入った地下鉄の駅、

偶然、運転再開のアナウンスを聞いて、

これ幸いと乗って帰ったのでした。

とってもラッキーだったなあと改めて思う。

けっこう寒かったし、

確かハイヒールのブーツだったからね(笑)

 

帰宅して、三毛猫が玄関に迎えに出て来たときは

心底ほっとしたし、怪我もなくてほんとよかった。

幸い、私の関係者だと実害は少なくて、

特に人的被害はなくて本当に幸運だった。

しばらくは「あのときはどうしていたか」が

久々に逢う人たちとの共通の話題だった。

 

ひょっとしたらあれから10年となった今、

「あのコロナの年には〜」という質問に

塗り込められていくのではないかと思ったりした。

 

それはそれで、大事なことなのだ。たぶん。