センバツの名残に春大のニュースを追っかけつつ、
唐突に「人生の解像度」みたいなことを考えてて、
自分は最初から見誤っていたこととか、
それでも気付くチャンスがあって、
今、ここに落ち着いたんだったな…
と思ったりしています。(何をいきなり)
や、ちょっとTLで流れてきた記事を読んで、
人生の解像度というか、
その人の「人生すごろく」がどんなものか、
種類、広さ、カタチやゴールがまったく違うことに、
なかなか気付かないよね、と思ったンですね。
私の場合、生まれ育った環境が
たぶんそこそこ特殊だったので、
最初に自分のものだと思ってたすごろくが、
実は全然、自分にあってなかったってことに
二十歳過ぎるまでぜんぜん気付かなくて、
気付いたら気付いたで、じゃあいざ、
オーダーメイドすごろくを作ろうとしたら、
まったく思い描けないというか、
自分が空っぽだったことに気付いたんだった、
なんて思い出したりしました。
いま使ってるすごろくは気に入ってるけど、
実は二重構造なので、全容を知ってるのが
私しかいないんだなあとか思ったりしてます。
あ、そう、ヲタクだというのは知られてるけど、
まさか、創作活動で小説書いてネットで発表したり、
更にはどじんし作ってイベントで売ってたり、
同好の士と無駄に長いレシート作る飲み会したり、
にゃんこ会を開いてるということは
実は知ってる人がほとんど居ないのでした。
うっかり不審死とかしたら、
あの人って一体どんな人だったんでしょうね、
とか言われるやつだこれ。