やっぱりプレート境界型だよね…
になってます、今回、というか先日の地震。
…まで書いて放置してたね!
うっかり『シュトヘル』をざくざく読んで、
仕事も佳境だけど色々放置して読了しました。
やあ、本当に面白かったよ…!
いつかの無料期間に11/14巻分くらい読んだのかな。
ぼーいず・みーつ・がーるの話だけど、
時代物かつ戦記物でもあるので、
ああ、そういう時代のそのあたり、から、
ミステリ要素もあるので、
そうきたかーーーー!なるほどーーーー!!
だったり、そこで伏線回収か!とかさ。
(一応?チンギス・ハーンの中原制覇が下敷きで、
そうおうに史実が元になっています。)
それ以上に『文字』を通じて、
「情報は言語化して記録することで時を超える」
ことを、これでもか、と丹念に描いた作品だなあと。
言語は思考なので、その言語にしか無い感性や
伝えられない感情があるんだろうなと。
昔聞いたのが、ロシア語には
「毛皮の帽子をかぶった男」を示す1単語がある、
というので、単語になるくらい頻出というか、
その存在は当たり前だから、というやつ。
まさに言語は文化そのものだよね。
なお、日本語だと「どんぶらこっこ」と聞けば
十人中十人が「桃が川を流れてくる音」と
考えることが文化そのもの、というのに
まったくその通りだな!と思ったんでした。
しかしモンゴル、というか『元』は文字を持たず、
公文書には漢字を使ってた、気がする。
結局『漢字』が東アジアの根幹にあるんだな、
というのを実感したりもするんだけど…
そこに『仮名』を足した日本語や、
表音文字を導入して漢字と決別したけど、
逆に漢字の便利さを痛感したと聞く韓国語、
その他、文化の数だけ物語があるだろうなあ。
と、うっかり感じ入って終わります。